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日本舞踊の歴史
日本舞踊の衣装



日本の舞踊の歴史は神話の世界まで遡ると言われています。
天照大神(アマテラスオオミカミ)が隠れた天岩戸を開ける為に、岩戸の前で天鈿女命(アメノウズメノミコト)が踊りを躍ったという有名なお話がそれです。
そこから「神楽」と呼ばれる宗教色の濃い呪術的な色合いを持った舞が発生します。やがて中国などとの交流で「舞楽」
「雅楽」などがもたらされ、日本の農民の芸能である「田楽」や「猿楽」も起こってきます。
これらのものを基本に日本で独自に生まれたのが「能楽」です。
この「能楽」も後に歌舞伎に大きな影響を与えます。

現在の日本舞踊の直接の起こりとして名高いのが「出雲阿国」の念仏踊りです。 阿国の踊りは「能楽」とは違い、いわゆる民族舞踊に端を発した「踊」でした。 出雲阿国は歌舞伎の創始者としても有名ですが、歌舞伎と日本舞踊は元々同じものを指していたとも言えます。 「阿国かぶき」はその後主に遊女達によって真似され伝承されますが、風紀を乱すと江戸幕府 から禁止例が出されます。
こうした弾圧を受けながらも歌舞伎は少しずつ形を変えて生き長らえていきます。 「踊」であったものに「舞」の要素も加えられます。 琉球(沖縄)から伝わった蛇皮線が変化して三味線が生み出され、主要な伴奏音楽が発達し始めます。 舞踊中心だったものが、次第にストーリー性を持ち芝居の色が濃くなります。
その時々の話題になった実話を元にした出し物なども作られ 始めました。 ただし、ストーリーを追う芝居になっても、その根源には舞踊の所作、邦楽的な発声や台詞回しなどが大切に残され、歌舞伎役者にとって日本舞踊の資質は無くてはならないものになっていったのです。 歌舞伎の演目の中には、舞踊だけで演じられる「所作事」というものも数多く残っています。

こうした歌舞伎の振り付けをしていた役者や今で言う演出家達が、独自に弟子を取り舞踊を教え始めたのが日本舞踊と歌舞伎の道の最初の枝分かれでした。歌舞伎の世界は現在でも男性だけで、特別な事が無い限り女性はその舞台に立つ事はできません。
日本舞踊と歌舞伎が枝分かれした事により、多くの女性が日本舞踊の伝承に関わる事ができるようになりました。
そして、現在ではたくさんの流派が生まれ、それぞれが独自の特色を生かした舞踊の継承と発展に力を注いでいます。